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映画「New York Doll」を見てきた。

案の定泣いた。大泣きだった。

30年間沈んでいた人の話なんて簡単に一口で言えるようなものではないんだよな。30年間ていう時間は。そういや俺もこのバンドを20年近く忘れていた。そんな俺にもそれなりに色々あった訳だ。

なんか最初は俺、泣くもんかと思って見てたんだ。それがロックだったんじゃないかなあ、なんて青い頃の自分を思い出して、ちょっとやそっとじゃ泣いてやるもんか、と。

きっかけはある一つのシーンだった。実に30年ぶりのリハーサルに臨んでいたドールズの面々。ヴォーカルのデヴィッド・ヨハンセンが来ない。ケインはヨハンセンと深い確執があったままバンドはもの別れになっての30年だった。ケインの唯一にして最大の懸念はヨハンセンとの仲だった。リハーサル2日目。演奏中のスタジオに遅れて入ってくるヨハンセン。謝るでもなくそのまま演奏の最中マイクを握り歌いだす。

この一連の流れの中をカメラはケインの表情を追う。スタジオに入ってくるヴォーカリストをなんとも言えない、大半は不安で、そしてそれ以外の色々な何かを含んだ鋭い目で睨む。それが歌いだした瞬間、はにかんだようにニッコリと素敵な顔で笑うのである。

こっからもう泣きっぱなしだった。このバンドが大好きで、ブートを買いあさって、同じモデルのギターに心底憧れたあの頃が、今更報われたような気がした。このバンドに惚れこんだ時期がほんのわずかでもあったことが嬉しくて仕方なかった。随分勝手なものだけれどもだ。

横を見たら、このバンドを全く知らないカミさんが泣いていた。

「お付き合いみたいな顔して来てごめんね。」

映画が終わった後、謝るカミさんを見て、別に俺が偉いわけでも何でもないけれど、ちょっとこそばゆかった。アーサー・”キラー”ケイン。本当にキュートな人だった。そして誰かに感謝したいくらい良い映画だった。


アーサー・”キラー”ケイン

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